【あの時・テレ東伝説の中継「ドーハの悲劇」】(3)重苦しい雰囲気に包まれた東京スタジオ
試合終了後、放送は東京のスタジオからの中継に移った。その場にいたのは金子勝彦アナウンサー、日本の伝説的FWだった釜本邦茂(当時G大阪監督)、元日本代表監督の森孝慈(当時浦和監督、11年死去)、そして柱谷哲二の兄で元日本代表FW柱谷幸一(当時柏FW)。柱谷は、泣いていた。うつむいた柱谷はテーブルに両肘
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【あの時・テレ東伝説の中継「ドーハの悲劇」】(2)名物アナが初めて目にした「異常事態」
久保田光彦アナウンサーの沈黙に対する東京の制作スタッフの狼狽(ろうばい)ぶりを、当時テレビ東京のアナウンス室長だった金子勝彦はよく覚えている。自身はテレ東のスタジオ中継の司会を務めており、試合終了に備えてスタンバイをしていた。「中継で実況の声がなくなることなんて、私のアナウンス人生でも見たことないで
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【あの時・テレ東伝説の中継「ドーハの悲劇」】(1)全員が声を忘れた30秒の「空白」
1993年10月28日、日本サッカーは天国から地獄に突き落とされた。米国W杯アジア最終予選最終戦のイラク戦。勝てば初のW杯出場が決まる大一番で、日本は2―1とリードした後半ロスタイム、同点ゴールを許しW杯切符を逃した。日本中が絶望した“ドーハの悲劇”。地上波で独占放送したテレビ東京の生中継は、失点か
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【あの時・テレ東伝説の中継「ドーハの悲劇」】(5)歴代最高視聴率48・1%は「神様のご褒美」
放送終了後、テレビ東京のスタジオではスポーツ関係の幹部らが集まり、その場でささやかながら乾杯が始まった。イラク戦の1つ前、フジテレビが中継した韓国戦の視聴率は38・0%。テレ東のそれまでの歴代最高が71年の「ボクシング西城正三VSクロフォード」の34・9%だったことを考えると、視聴率が同局史上最高を
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【あの時・テレ東伝説の中継「ドーハの悲劇」】(4)涙ぐむ柱谷幸一に釜本がかけた言葉
金子勝彦アナウンサーが釜本邦茂に対して、内容についての感想を求めた。すると釜本は「ほんの2、3秒だったんですがね。もうちょっと何とか…。選手はよくやってくれました」。妙にあっさりとした言葉を紡いだ。悔しさはなかったのか?当時のことを聞いてみると、釜本は「全く覚えてないなあ。スタジオ、いたっけ?」と不
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