松山康久
2018/02/01
【きさらぎ賞】グローリーヴェイズ尾関調教師が狙うミスターシービー伝説再び!?
したっけ?それとも黒松賞だったかな?」先週、きさらぎ賞を予定するグローリーヴェイズの取材を試みると、管理する尾関知人調教師から思わぬ逆取材が飛んできた。かつて松山康久元調教師の連載に携わった当方、3冠達成のくだりは克明に覚えている。「黒松賞も出遅れていますが、“伝説”になったのは、ひいらぎ賞ですよ」2018/02/01東京スポーツ詳しく見る
2016/08/30
芦毛の馬で初のダービー制覇したウィナーズサークル死亡
た。30歳だった。茨城産、芦毛の馬としては初のダービー制覇が話題になった。菊花賞で骨折し、11戦3勝の成績を残して引退。現役時代、管理していた松山康久元調教師は「思い出の多い馬。気性難を収めるよう取り組んだ結果、ダービーの栄誉をつかむことができました。ありがとう。ゆっくり休んでください」と愛馬をしの2016/08/30デイリースポーツ詳しく見る
2016/06/16
【ユニコーンS】“タヤスツヨシの恐怖”から解放されたグレンツェントに注目
トレセン秘話】以前、松山康久元調教師を取材させていただいた際、強く印象に残った言葉がある。「あれはジェニュインが勝った皐月賞の後だった。タヤスツヨシ(2着)の鞍上・小島貞博がつかつか近づいてきてニカッと笑って言ったんだ。“先生、おめでとう。でもダービーは負けへんで”。レースを勝ったばかりだってのに、2016/06/16東京スポーツ詳しく見る