済生会福岡総合病院
2016/08/29
【あの時・不死鳥 美空ひばり】(1)「初めて」って言うと力がみなぎってくる人だった
サート」と呼ばれた歴史的な一夜。自力で歩くことさえ困難だった病床のひばりはなぜ、あの場所で歌うことを選んだのか。87年4月22日、地方巡業中のひばりは足腰の不調を訴え済生会福岡総合病院に緊急入院した。日本コロムビアは会見し「両側大腿(たい)骨骨頭壊死と慢性肝炎」と診断を明かしたが、本来の病状は深刻だ2016/08/29スポーツ報知詳しく見る【あの時・不死鳥 美空ひばり】(4)ノーカット映像に残された一瞬の「舌打ち」
ひばりの主治医だった済生会福岡総合病院・小川滋はのちに、長男・加藤和也に当時のひばりの容体をこう説明している。「プールの中に入って、水圧がかかったまま、歌ったり話したりを続ける状態」。想像を絶する疲労感。ひばりはたった一人で2時間半を走り抜いた。「人生一路」を歌い終え、ひばりは花道を歩き出した。リハ2016/08/29スポーツ報知詳しく見る