すき焼き論争
2017/08/01
文明開化の象徴「牛鍋」はなぜ消えた? きっかけは関東大震災
年に新聞紙上で起きたすき焼き論争について触れたが、明治維新の頃は、仮名垣魯文の『安愚楽鍋』で「牛鍋食はねば開化不進奴(ひらけぬやつ)」と書かれるほど、「牛鍋」は文明開化の象徴だった。「牛鍋」から「すき焼き」への呼称の移り変わりの早さは日本人がいかに新しい「食」をどん欲にとり入れてきたかの証左である。2017/08/01夕刊フジ詳しく見る
2017/07/25
すき焼、語源は「くは焼、すぎ焼」? 作り方から名の由来、使う肉まで千差万別
欄で繰り広げられた「すき焼き論争」だ。匿名による上から目線、しかも眉唾もののすき焼き論(18日)の掲載に始まり、翌週、読者からの「すき焼の弁--来歴と実際の食べ方」(25日)という反論投稿で一気にヒートアップ。さらに29日、「すき焼の弁の弁--スキ焼とクハ焼とスギ焼と」という複数説を併記するアカデミ2017/07/25夕刊フジ詳しく見る
2017/07/14
ネットなき時代の炎上!昭和7年のすき焼き論争 発端は1本の記事
【肉道場入門!】すき焼きの流儀は家の数だけある。例えば味つけひとつとっても、東は割り下を使い、西は直接砂糖や醤油を入れる。そのほか玉ねぎか長ねぎか問題や、白菜を入れるか入れないか論争など、さまざまな流儀や説が現代では戦わされている。しかし情報インフラが未発達だった頃は違う。昭和初期、全国紙ですき焼き2017/07/14夕刊フジ詳しく見る